FC2ブログ
   
09
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

老婆の思い

 先日、図書館で借りた五木寛之の『他力本願』に

 二十一世紀は大乱世、人心荒廃の大転換期でしょう。

 という文章があった。

 わたしもそう思います。

 この間、仕事で、温暖化の進行による海面上昇の記事を訳した。

 化石燃料を利用しだしてから、今の繁栄がもたらされ、人口が急速に増えたのでしょうけど、
 ご存知のように、それによって、地球環境は大きく変わりつつある。

 人類が進化を遂げてきたこれまでの数百万年間(もちろん、その間には氷期、間氷期があり、気候の大変動もあったでしょうけど)
 その数百万年とは、まったく違う環境、北極の近くでワニが泳いでいてた何千万年前の世界を
 私たちは、自分たちの手でつくりだそうとしている。

 空恐ろしいことではないですか。

 次にやる記事を読んでいたら、
 今世紀終わりまでに、地球上の生物種の半数は、絶滅する可能性がある、という文章に出くわして、ギョッとした。

 トキの保存で、大変な努力をしている人たちがいるでしょ。
 トキとか、アムールトラとか、大型動物だけではない。
 両生類も、世界中で激減しているらしいけど、
 もっと小さい、目に見えない生き物、海中や土壌中の生き物は、どうなっているのか、想像もつかない。

 人間が、ピーク時には90億人か、場合によってはそれ以上に、増えようとしているんだから、
 他の生き物が締め出されて、生態系がめちゃくちゃくになるのは、当然の成りゆきだよね。

 なんということだろう。

 わたしは、心配性の老婆だからかもだけど、日本の財政は破綻するんじゃなかろうかとか、生態系がこんなにぐじゃぐじゃになって、未知の病気がはびこるのは当然だろうとか、資源争奪戦や環境難民の大量発生で、戦争になるんじゃなかろうかとか、日々、気を揉んでいる。
 って、まあ、ずっとそんなことを考えていたら、ノイローゼになるので、ちょびっとだけど。

 わたしが驚くのは、政官界や財界のリーダーと言われる人たちの危機感のなさ。

 わたしは母だからかもですが(孫はいないけど)、子の世代だけでなく、孫の世代、その次の世代が、灼熱地獄で、食べ物を奪い合い、倫理もへったくれもないような、弱肉強食の世界で、希望もなんにもなしに、苦しむんじゃないかと思うと気が気ではない。自分は、最悪の事態になる前にお迎えがくると思うけど。

 みんな、目先の生活に追われているから、そんな「人類の直面する危機」なんて大問題に目が行かないのかもしれない。賢い人がなんとかしてくれるでしょ、とタカを括っているのかもしれない。

 名もなき庶民に何ができるか、ってこともある。選挙に行っても、死に票になっちゃうし。

 人口は今世紀半ば頃にはピークに達して、その後は減少に転じるんでしょ?
 ピークを過ぎるまでは、事態は悪化の一途をたどると思う。

 ものすごく苦しい時期、人は助け合って、肩を寄せ合って生き延びていくしかない。
 たぶん、わたしたちの遠いご先祖さまは、そうやって生き延びてきたと思う。

 氷期になって、食べ物が減ってきたとき、助け合い、肩を寄せ合い、励まし合いながら、新天地を求めて、何世代もかけて、氷の張ったベーリング海峡を渡り、歩きに歩いて、南米の先のほうまで、たどり着いたんでしょ?

 なかには、人のものを奪い、人を殺してまで生き延びようとするヤカラもいたでしょうけど、

 結局は、乏しい食料を分け合い、怪我をしたり病いに倒れた仲間も見捨てずに、助け合ってきた集団が、最もよく生き延びてきたんじゃなかろうか。

 ヒトは、弱い動物で、ライオンやトラどころか、草食動物のゾウやカバにだってかなわない。
 大自然の中で、助けて合って、けなげに生きてきたんじゃなかろか。でなければ、とっくの昔に絶滅していたはず。

 人の集団というのは、助け合うため、支え合って、生きていくための仕組み。
 ちょっと前までの「前近代的な」日本の村は、そういう性格をもっていました。わたす、鳥取県名和で、祖母と母の葬儀をしたときに、村の互助組織というものが、人々の暮らしをいかに支えてきたかを、身をもって知りました。もちろん、村八分みたいな非情なこともあったでしょうけど。前近代的と言われる、田舎の村は、それはそれで、良い面をもっていた。

 そういう集団の延長上に国家もあると、わたしは思っている。
 人が生きていくため、一人一人の弱い人間が生きていくために、集団があるのであって、
 集団が優先じゃない。
 日本列島にいる一人一人がどう生きていくかが大事で、日本という国家が大事なわけではない。
 そりゃ、ふるさとの村や町には、思い入れがあります。今住んでいるところにも愛着がある。
 日本列島全体に、ことのほか深い愛着がある。

 けれども、お隣の半島に住んでいる人たちも、この乱世に一緒に暮らしている仲間ですよ。
 いがみ合って、どうする。この乱世に、無駄なエネルギーを使うのは、愚の骨頂。喧嘩や戦争に資源を注ぎ込んでいる場合ではない。資源を確保するために、資源を注ぎ込んで喧嘩する? そして、破壊行為、殺傷行為のかぎりを尽くし、悲しみと苦痛に身をよじる女や子供や負傷者をたくさん生む?
 愚です! 愚、愚、愚。喧嘩はいかん。本能に突き動かされて自滅の道をたどるの? 弱い人間のただ一つの強みである理性、自制心を、なぜ発揮しないの。知恵を絞り、時間をかければ、歴史認識や価値観の違いは、お互いに許容できる程度に埋められます。忍耐心が大事。よく考える、深く考えることが大事。理解しようと務める努力を放棄してはいかん。
 たとえ、相手の主張が理不尽に思えても、同じ土俵で喧嘩するのは愚かです。自分の国の歴史を振り返り、仔細に検討し、今後のよりよいあり方を議論し、模索する。他国との交渉では、自国民の安全と人間らしい生活を死守しつつも、他国の政権と人々の複雑な事情にも配慮する——こうした大人の冷静な態度をとることで、たとえ、極東の小国であっても、国際社会から尊敬されるんです。

 自分たちの集団だけでなく、世界中の人たちと、助け合って、肩を寄せ合って、悲しみと嘆きをともにし、冗談の一つも言い合って、一緒に泣き笑いし、乱世を生き延びて、新しい歴史をつくっていくべき時代なんだよ。

 そのことを、わたしは、こんな無力ないっかいの老婆にすぎないけど、子の世代、孫の世代、曾孫の世代に、なんとかして……死ぬ間際になったら路上でわめいてでも、伝えたい。一人くらい、耳を貸してくれる若者がいるかもだ。いなくても、とりあえず、わめく。






スポンサーサイト
Secret

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。