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8月15日ですから

 図書館から借りてきた司馬遼太郎と井上ひさしの対談『国家・宗教・日本人』
 いろいろ面白かった。私が考えたこともないような視点もあり、知らないこともたくさん出てきて勉強にもなりました。
 何より、最後のほうで、司馬さんが「私は『普通の国』になどならないほうがいいと思っています」とおっしゃっていることに大いに共感した。

 私が思うに、戦後の日本は、悲愴感をしょって、独善的な正義感や偽善的なヒューマニズムを旗印にした左派と、途轍もない悲劇をもたらした重大な歴史的過誤を徹底検証せずに居直る右派との、不毛な対立に祟られてきた。
 司馬さんが言っていることの中に、私は新しいナショナリズムの可能性を感じました。
 ナショナリズムというと、なんか右翼みたいですけど、ナショナリズムと言って悪ければ、日本人としての誇りというか、
 民族の誇りというのは、やはり必要だと思うんです。
 しかし、自虐史観批判派には、私はまったく共感できない。
 国旗に敬意を表したり、式典で威儀を正して国歌を歌うのは、まことに結構なことだと思いますよ(私はそもそも式典には出んけどな)
 けれども、他人に「規律して国歌を歌え」と強制するのは、まるでタリバンだよ。
 思想信条の自由というものがある。それを尊重しようというのは、民族・国家を越えて、人類が長い歴史で獲得した知恵ですよ。普遍的なルール。そこを外したら、世界は弱肉強食の修羅場と化す。そのルールを踏みにじるやつには、世界中の人々が「いかんぜよ」と言うんです。

 司馬さんは、エスノセントリズム(自民族中心主義)を肯定している。
 日本人は日本人であることに誇りをもって、日本が世界でいちばんいい国だと思って暮らしていいんですよ。イヌイットもモンゴル人もそう思っていると、司馬さんは言っている。自分たちがいちばんいいと思っていていい、と同時に、井上ひさしさんが言うように、「隣の人もそう思っている」ということを忘れてはいけない。
 井上さんのことばをちょっと引用します。「大切なのは、お互いにみんなそう思っているという眼と、自分のところを大事にするという眼と、どちらか一方に偏ることなしに、両方、非常に矛盾してはいながらその矛盾を同時に持って生きていけるような、度量の広い民族になってゆけるといいですね」

 司馬さんは、経済力などではなしに、「室町時代には世阿弥という人がいたな」と思うだけで、ニューヨークでもパリでもわれわれは胸を張って町を歩けるとおっしゃっている。
 世阿弥がいた、西鶴がいた、広重がいた
 芸術家だけではないよね。宗教家もいる、物事を深く考えた人たちもいる。親鸞も、明恵上人も、兼好もいた。名もない人々もいた。日本列島に営々と暮らしてきたご先祖さまの生活の知恵、職人的な技術。
 そうした伝統が、われわれの拠りどころ。

 グローバルな人材育成には英語教育が必須なんて言っている、あほだらおたんちんに、司馬さんの話を聞かせたいわね。

 それと、安倍さん、あんた、おかしな使命感もってるようだけど(ナルシシズムなの?)、改憲するなら、うやむやにしてきた歴史的過誤の検証、こっちが先よ。
 これをきちんとやらずに改憲したら、ぐだぐだの、ぼろぼろの、だめだめ国になるアルヨ。
 その前にまず、足下を見て、原発事故の収束に道筋つけることと、東北の復興だわさ。あんたの仕事はそっち!





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8月15日

かずんこさんは何歳でしたか?

私は旧制中学生、学徒動員で飛行場の拡張工事、スコップと
ローラーで 陸軍の兵士と 朝鮮から徴用できている人(現在の
韓国か北朝鮮)と一緒にローラー引っ張ったり 土を運んだり

のどが渇けば バケツの水を 皆が飲んで 全てが平等??
でした、彼らは戦争が終わると 皆自分の家(朝鮮に帰りました)

こんな毎日で8月15日飛行機の誘導路を 作っていた日玉音放送
が有るということで 昼休みの時に近くの民家のラジオを聞いた人が どうも戦争は終わったようだ、日本は負けたらしい?
と言っていたところ 軍の将校が来て 皆を集めて 
戦争は終わった、今まで頑張ってくれてご苦労さん もう作業の

必要はないから之で終わり 悲しいような、ホッとしたような複雑な気持ちでした スコップを担いで ノコノコと帰宅 家は飛行場に近かった

国歌と国旗について
この問題について真に馬鹿げたことが起きていますが、国として
国民として恥ずかしい、 国歌斉唱、国歌が流れる時は起立
国旗掲揚も起立です 之は万国共通のルール(礼儀)です

それを思想の自由だの何だか分からぬことを言って拒否、
そのために 強制的にたたせる規則を作る まるで子供の
喧嘩です 全くこの国はどうなっているのか 恥ずかしい

それは、親、学校、国が自信を持って日本の歴史ね日本の事を
教えないからです 戦後教育が変なから変になってしまったと
思っています 

スポーツの国際試合の時に必ず相手国ね自国の国歌が流れ
ますねその時に起立するのは 強制でなく 世界の礼儀だから
です 相手の国に対する敬意と自国に対する敬意ですね

私が船員だった時に英連邦の国に行くと船員を大切にしてくれて
パーティーを開いてくれたり 映画を見せてくれたりしましたが
映画が終わると英国の国歌がながれ そこにいる人は自国民
外国人全てが国歌が終わるまで起立します

わたしはそこで恥をかきました、何故?? 起立しなかったのです
こんな事は誰も教えていない?? 座っている私に 隣にいた外国
船員が私わじろりと見て 目で、立つように促した

あっ、そうか と気が付き 立ちましたが 真に恥ずかしい思いをしました もしも起立しなかったらその国を侮辱したことにでも
なりますね  その点日本の左翼は全くの幼稚な知識しかもっていないですね

商船が自国、他国の軍艦とすれ違う時には船尾の国旗を半旗
にして相手の軍艦に敬礼します 相手はそれに対して 船尾の
軍艦旗、国旗を半旗にして答礼します これが海の礼儀です

何故、この様になったかは確かなことは調べていませんが
海賊が横行した時からではないかと思います 軍艦が商船
を守る 

現在ではソマリア沖の海賊退治に各国の海軍が協力していますね バカな野党のある議員は 日本の商船だけ守れば良い
といってました それを聞いて この人バカでないか、何も知らないド素人だと思いましたよ

海のルール、礼儀を知らないからです 
自国の船だけ助ければ良い、こんな事をしたら世界中から
非難されます  シーマンシップ と言われていますが
海員魂ですよ 相手が遭難、トラブル起こしていれば助ける
お互い様のことです  

横道にそれてしまいましたが 海のことを少し述べました







Re: 8月15日

rockyさん、コメントありがとうございます。

私は1951年生まれなので、戦争中のことは、父母から聞いているだけです。

終戦の日の話、シーマンシップの話、大変興味深く拝読させていただきました。

私のブログは、水泳練習日記なので、あまり自分の考えを書くのもどうかと思いますが、自分のブログですし、時々は発信しておこうと考えています。

私は、今の大人の何が情けないかと言うと、「賢い人がなんとかしてくれるだろう」と考えていること。太平楽というか、お気楽というか。で、ボーッとばかなテレビ番組を見たりして、メディアの騒ぎに振り回されてウロウロしている。

「世論」というものをメディアがつくっている。まともな考えをしている人もいるだろうに。

お上(かみ)が何とかしてくれるという江戸時代の村人と変わらない発想。高等教育を受けたはずなのに。

「あんたが、なんとかしなければ、誰もなんともしてくれないよ!」とわめいて回りたいです。

途上国の貧しい地域の、教育を受けていない子供だって、自分の才覚で生き抜く覚悟がある。
貧しいからこそ、かもしれませんが。
日本は豊かすぎるのかもしれない。だから、みんなボーッとしてしまって。

自分たちの村や町、自分たちの国は、自分たちがつくっていくんだ、という自覚がまったくない。
民主主義が機能しないわけです。

ほとんどの大人がそんなふうだから、子供だってへんになっちゃう。世の中全体がへん。

私は命あるかぎり、へんだよと言って歩こうと思います。といっても、あまりそういう機会はないですが。
「へんだ、へんだバアさん」になってやる(たった一人で過激なワタクシ)

とりあえず、自分も近現代史をちゃんと勉強しなきゃ、と思っている今日この頃です。

私、国歌、国旗については、命懸けの信条があるなら、それは尊重したいと思います。殺される覚悟でも、歌いません、というなら、それはそれで筋を通した態度です。そういう意味では、たしかに、公務員の職をクビになるのは覚悟しないとね。そこに文句を言うのはおかしいわね。
社会の一般的なルールとしては、規律斉唱が当然でしょう。
アメリカでも、宗教的な信条から星条旗に敬意を表さなかった人が、最高裁まで争われて、無罪になったケースがあったと思います。そのときの裁判官はたしか東京裁判に関係した人です(記憶が不確かですが)
もちろん、そのケースは、敬意を評さなかった、というだけで、国旗を破損する行為は犯罪になります。

いろいろな事柄、たとえば、ソマリアの海賊の問題にしても、さまざまな観点から、まともな議論をすればいいと私は思います。イデオロギーでガチガチにならずに、現実的な解決策を探って(ほとんどの問題が、そう簡単には答えは出ませんが)、一番ましだと思われる合意をつくっていく。

メディアのつくりだす、漠然とした風潮のようなものに流されていたら、まともな議論はできない。

みんなが自分の頭で考えて、話をしなきゃ。それができないなら、義務教育で補助された教育費、全部返しなさい、と言いたいです。

身近に・・・

終戦記念日ということは自覚していたけれど・・・
実感として、そこに思いを馳せるということは、
強いてしなければ、出来ない世代だと思います。。

新聞で、「終戦」なんてきれいな言葉でなく、
「敗戦」だというコメントがあったけれど、
日本人だけが終戦って思っているんだろうな~。
自分もどちらかというと、被害者の意識が強いから・・・
メディアが作ってきたものだとは思うけれど、
鵜呑みにしてはいけないのかな~と思いました。

今日、90歳の知人と話をしていたところ、
8月15日はひとりで過ごしたかったから・・・と言ってました。
へ~って何の気なしに聞き流していたんですが、
ちょっと涙目になっていて、“70年経ってもね・・・”
結婚して1週間で旦那さんは戦地へ。帰ってきませんでした。
それから、ひとりでずーと暮らしてきた方。

学生の頃平和学習という名のもと、
戦争については学んだり、見学したり色々してきましたが、
やっぱり実感としては感じられなくて・・・
でも、今回のこの言葉、旦那さんへの深い思いを感じて、
いきなりぐぐっと迫ってきました。。

食べたり、仕事したり、泳いだりetc.
当たり前のようにやっては、
出来ないよ~!って落ち込んだりして・・・
そういう今の日常の大切さを改めて感じたひとことでした。


Re: 身近に・・・

kemoさん

90歳の方のお話聞けてよかったね。
70歳くらいの人は、疎開も経験しているし、戦後すぐのものすごく大変だった時期も覚えている。
これから、機会があれば、その年代の人たちの話を聞いておきたいですよね。わたしも聞きたいと思う。

> 食べたり、仕事したり、泳いだりetc.
> 当たり前のようにやっては、
> 出来ないよ~!って落ち込んだりして・・・
> そういう今の日常の大切さを改めて感じたひとことでした。

そうなんだよね。
当たり前のことみたいに思っている日々の生活。三度三度ごはんを食べて、家族と暮らして、仕事のことでトラブルがあったり、ノラ猫がいて、ちょっと癒されたりとか、ああ、今日は少し風があって過ごしやすいなあとか、そんな何でもないこと。それが、ものすごーく幸せなことなんだよね。
そういう日々の暮らしを大切にしたい。自分たちもだし、よその国の人たちの暮らしもね。

原発の事故もそうだけど、
お偉いさんたちは、「こっちを選んだら、こういうリスクもあります、こういう問題もあります、でも、コレコレの理由でこっちを選ぶほうがいいと思います」って、ちゃんと国民に知らせて、舵取りをしたわけじゃない。

リスクがあること、問題があることを伏せて、あるいは、自分たちもその事実から目をそらして、開戦へ、原発推進へと突き進んだ。
そのときに、「いや、違う選択肢もあるじゃないか」と、声を上げる人がいないか、そんな声はつぶされてしまい、
ジャーナリズムが、「本当にその道を突き進んでいいのか」と検証することもなく、
国民もマインドコントロールされたように、集団心理で、そっちに雪崩打っていってしまって、

ものすごい大惨禍が起きた。

軍部や政府の指導者だけじゃない。国民も加担したんだよね。ナチスドイツと同じ。国民はひどい目にあったけど、普通の人たちだって、軍国主義に染まって、おかしくなっていた人たちがいっぱいいる。生徒をぶつような教師とかね。
ある意味で、みんなが狂っていた時代だと思うよ。
今は日本は先進国だ、民主主義の国だなんて言ってるけど、ほんのちょっと前にそんな時代があった。
私たちは今、イスラム過激派の自爆テロは狂った行為だと思うけど、それと変わらない特攻隊という自爆攻撃を国が若者に命令していた。たった数十年前に。

そのことを、みんな簡単に忘れ過ぎていると思うの。

何でもない、平凡な日々の、ささやかな幸せをしみじみありがたいと思う一方で、現実に、そんな幸せをあっけなく踏みつぶすような恐ろしいことが起きた、何でそんなことが起きたのかって、一人ひとりが考えないと、また、みんなが狂ってしまうような時代が来ないともかぎらない。

実際、原発事故は、私はある意味で同じような過ちのパターンが繰り返されたと思っている。
あの事故はまだ終わっていないし、ものすごく不幸な事故だった。今でも、苦しんでいる人たちが大勢いる。

そのことも、福島以外の人たちは、ころっとけろっと忘れてて、日本人って、忘れやすいなーと思う。

だんだん戦争中の体験をした人が少なくなって、戦後生まれは、豊かな時代に暮らしてきたから、なかなか実感がわかないけど、つい二世代前が体験した惨禍を思い起こして、これからの世代がそんなことにならないようにしないとね。

こんなこと言ってると煙たがられるけど、私は生きているかぎり、口うるさ婆さんをやるつもり。
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